大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3749号 判決
原告 中村庄吉
<ほか二名>
原告三名代理人弁護士 井関和彦
同 鏑木圭介
同 三野秀富
被告 有限会社石塚食品工業所
右代表取締役 石塚正二
<ほか二名>
被告三名代理人弁護士 福井秀夫
第一 主文
一、被告有限会社石塚食品工業所および被告石塚正二は、各自、
原告中村庄吉に対し、一、五四三、五二五円、
原告中村弘史に対し 二五三、〇六五円、
原告太田弘子に対し 二五三、〇六五円、
および右各金員に対する昭和四一年九月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告三名の右被告両名に対するその余の請求および被告藤井英一に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用中、原告三名と被告有限会社石塚食品工業所および被告石塚正二間に生じた分はこれを三分し、その一を原告三名の負担、その余を右被告両名の負担とし、原告三名と被告藤井英一間に生じた分は原告三名の負担とする。
四、この判決一項は、かりに執行することができる。
第二 原告三名の申立て
被告三名は、各自、原告庄吉に対し二、二三四、四〇七円、原告弘史に対し一、一八四、七五二円、原告弘子に対し一、一八四、七五二円、およびこれらに対する昭和四一年九月一日(損害発生後)から支払いずみまで年五分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第三 争いのない事実
一、交通事故発生
とき 昭和四一年五月六日午後一時ごろ
ところ 京都市伏見区中島宮前町一八番地先交差点
事故車 (1)被告会社所有の軽四輪貨物自動車(六京と四五二九号、以下被告車という)
(2)小型貨物自動車(大一う七〇一六号、以下訴外車という)
運転者 (1)被告藤井(被告会社の業務主任)
(2)訴外阪原弘
死亡者 中村静枝
態様 南進中の訴外車が交差点を北から西に右折中の被告車に衝突し、両車とも交差点南西角の歩道に乗り上げ、被告車が歩道上にいた静枝に激突し、両車とも交差点南西角の歩道に乗り上げ、被告車が歩道上にいた静枝に激突し、ために同女はまもなく死亡した。
二、原告三名と亡静枝の身分関係
原告庄吉は夫、原告弘史、同弘子は原告庄吉と亡静枝間の長男、長女である。
三、自賠責保険金の給付
原告三名は静枝の死亡により二、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四一年八月三一日までに受領した。
第四 争点
(原告三名の主張)
一、被告三名の責任原因
(1)被告会社(自賠法三条)
(2)被告石塚(自賠法三条)
被告石塚は被告会社と同じく食用油等各種食料品の販売を業とするもので、被告藤井を被告会社とともに雇用し業務主任の地位におき、また被告車を被告会社と共同所有するものである。
(3)被告藤井(民法七〇九条)
被告藤井は被告車を運転南進し交差点にさしかかり、時速一五ないし二〇キロメートルで右折しようとしたが、かかる場合自動車運転者としては、道路中心線手前で一旦停車し、対向車ならびに後続車を確認し安全を確かめたうえ右折すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、この義務を怠り、そのまま右速度で右折しようとした過失により、後方から道路中心線を越えて南進してきた訴外車左前部と自車右側部が激突し、本件事故となった。
二、損害
(1)亡静枝 五五四、二五六円
一家の主婦として家事一切を担当していたが、この家事労働を金銭に評価すると、一ヶ月一五、〇〇〇円に相当する。そのうち同人の一ヶ月の生活費は七、五〇〇円である。
同人の家事労働に従事する期間を就労可能年数に限定してみても、死亡時は五六才であるから八・九年である。右家事労働喪失による損害現価をホフマン式により計算した。
原告三名は亡静枝の相続人として、右損害賠償請求権の各三分の一(一八四、七五二円)を相続により取得した。
(2)原告庄吉 計四、二三四、四〇七円
(イ)葬儀費用等 五四九、六五五円
別紙明細表のとおり。
(ロ)慰謝料 三、五〇〇、〇〇〇円
昭和九年二月亡静枝と結婚(届出は同年一二月一七日)し、同一〇年二月二四日長女弘子が生まれ、同一五年一月二八日長男弘史が生まれた。
亡静枝は大正一二年梅屋高等技芸女学校を卒業し、その後嫁入り修業をしているうち原告庄吉と知り合い恋愛結婚したものであるが、同女は性格が非常にやさしくて、これまで一度も夫婦喧嘩をしたこともなく、誠心誠意夫のために尽くしてくれていた。また子供に対しても同様で、これまで楽しい家庭生活が送れたのも同女あってのことであった。家族に対してばかりでなく、他人との付き合いもよく、近所の人はもちろん、子供の友人が原告宅を訪ねても、すぐ同女に親しみを持ち友人になるほどであった。
原告らの家族はもともと健康に恵まれているが、ことに亡静枝は非常に健康で、これまで一度も病院に通ったことがなく、家で売薬等を口にしたこともなかった。すでに長女は結婚し、長男も婚期を迎えていたが、原告庄吉は夫婦二人になっても愛妻静枝が終生の伴侶としていてくれるので、なんの不安も寂しさもなく、老後を楽しく送れるものと信じていた。
原告庄吉は静枝の死後数日経過しても同女が死亡したなどと信ずることができず、仏事を重ね自分で炊事等を始めてみて同女はもはやいなくなったのだと悟らざるをえなくなった。いよいよ一人ぽっちの老後を送らなければならない。同女を想うにつけ本件事故を憎まずにはいられないのである。
そのうえ被告らは、本件事故発生後なんらの誠意をみせず、原告らがたびたび示談解決を求めてもまったく応答なしである。いわんや仏事に参詣する一片の良心さえない。
(ハ)相続分 一八四、七五二円
(3)原告弘史、同弘子 各計一、一八四、七五二円
(イ)慰謝料 各一、〇〇〇、〇〇〇円
これまで母静枝の深い愛情のもとで育てられ、弘子は結娘してもよく母を訪ねやさしくされていた。これから母に恩返しができるものと楽しみにしていたが、本件事故によってその楽しみは一瞬のうちに奪われ右原告両名は人生の楽しみをなかば失った気持である。
(ロ)相続分 各 一八四、七五二円
三、本訴請求
(1)原告庄吉
前出損害合計四、二三四、四〇七円から自賠責保険金二、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額二、二三四、四〇七円およびこれに対する前記遅延損害金。
(2)原告弘史、同弘子
前出各損害合計一、一八四、七五二円およびこれに対する前記遅延損害金。
(被告三名の主張)
一、被告藤井の無過失と訴外阪原の過失
被告藤井は本件交差点で右折するため、あらかじめその手前約三〇メートルのところで右折指示器を出し、時速約一〇キロメートルに減速し、交差点手前約一〇メートル(南行二車線のうち中心線寄りの車線上)で前方を確認し、また後方をバックミラーで確認して、いずれも通行車のないことを確かめたうえ、徐じょに右折し被告車全体が道路中心線を越えて右側に入ったときに、訴外車が道路中心線を越え対向車道にまで乗り越えてきて、被告車の右後部に急速度で現われその前部を被告車右後部に追突させ、よって被告車運転中の被告藤井は前頭部を強打して失神したまま右交差点南西角の歩道上に追い上げられ事故となったもので、本件事故は訴外阪原の過失により発生し、被告藤井に過失はない。
二、被告会社、被告石塚の被告藤井に対する監督
被告会社の代表者たる被告石塚は、被告藤井に対し、現下の交通戦争時代を認識して交通規則を守り事故を起こさないよう注意を与えていた。
三、原告庄吉の葬儀費用等から香典を控除すべきである。
第五 証拠≪省略≫
第六 争点に対する判断
一、責任原因
(1)被告会社(自賠法三条)
被告車の運転者藤井に運転上の過失がなかったとは認められない(後記(3)のとおり)。
(2)被告石塚(自賠法三条)
≪証拠省略≫によると、被告会社代表取締役である被告石塚は、同会社と同一店舗内で個人営業をしていること、右被告両名はそれぞれ二台の営業用自動車を保有しており、本件被告車は被告石塚の所有名義であるが、両被告においてそれぞれの営業のためこれを自由に使用していたことが認められるので、被告会社のみならず被告石塚も抽象的・一般的に被告車の運行供用者に該当するといわなければならない。ところで、≪証拠省略≫によると、本件事故は被告会社の業務主任である被告藤井が同会社の業務に従事中発生したものであることが認められるけれども、右認定の事実に照らすと、事故当時被告石塚が被告車の運行供用者たる地位を離脱していたとはいまだ認めがたく、他にそのように認めうる証拠もない。そして、被告藤井に運転上の過失がなかったとは認められないことは後記(3)に説示するとおりである。
(3)被告藤井(無責)
(イ)被告藤井本人尋問の結果によると、被告藤井は時速約二〇キロメートルで被告車を運転南進し、本件交差点で西に右折すべくその手前約二五メートルの地点から右折方向指示器を点滅させ、道路中心線のやや左側を進行して右交差点に接近し、バックミラーで右後方を見たが後続車を認めず、また付近に対向車もなかったので、時速約一五キロメートルに減速して交差点内に入り右折を開始したとき、右後方から高速度で道路中心線を右側に越えて自車を追い越してきた訴外車左前部が自車右側後部に衝突し本件事故が発生したというのである。
これに対し、証人阪原弘の証言によると、訴外阪原は時速約五〇キロメートルで訴外車を運転南進中、道路中心線やや左側を先行する被告車の速度が遅く右折方向指示器も点滅していなかったので、これを追い越すべく同車の約一〇メートル後方から道路中心線を右側に越えて追越し体勢に入ったとき、被告車が交差点手前約一〇メートルの地点からとつぜん右折を始めたので衝突したというのである。
そこで、右被告藤井本人尋問の結果と証人阪原弘の証言をあわせ判断すると、被告藤井は右折にあたり右後方から接近する車両の有無に十分な注意を払わなかったと認められ、原告らはこの点に同被告の過失がある旨主張するけれども、被告藤井の供述するように、交差点手前約二五メートルの地点から右折方向指示器を点滅させ、道路中心線のやや左側を進行して交差点内で右折を開始したものであれば、このような場合同被告としては、後方から接近してくる他の車両の運転者が交通法規を守り、速度を減じて自車の右折を待って通過する等、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足り、あえて交通法規に違反して高速度で道路中心線の右側にはみだしてまで自車を追い越そうとする車両のありうることまでも予想して、道路中心線手前で一時停止するなどして右後方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき義務はないものと解すべきであるから(最判昭和四二年一〇月一三日、判例タイムズ二一一号二一〇ページ参照)、被告藤井が交差点手前でバックミラーにより右後方を見た以上(見なかったと認めうる証拠はない)、たとえその後方確認が十分でなかったとしても、この点に運転上の過失を認めることはできない。
もっとも、証人阪原弘の前記証言によると、被告藤井は右折にあたりあらかじめ道路中央に寄ったのみで、右折の合図をすることなく交差点の手前約一〇メートルの地点からとつぜん右折を始めたもののようであるが、このようなことは原告らにおいてなんら主張していないのみならず、証人阪原弘の右証言は反対趣旨の前記被告藤井の供述に比照したやすく信用しがたく、他に被告藤井のこの点に関する前記供述をくつがえし、同被告が右折の合図をすることなく交差点の手前約一〇メートルの地点から右折を始めたことを認めるに足る証拠はない。
とすると、本件事故が被告藤井の運転上の過失により発生したことを認めるに足る証拠はないことに帰するから、同被告は右事故につき民法七〇九条による損害賠償義務を負うものではないといわなければならない。
(ロ) そこで進んで、本件事故の発生につき被告藤井に運転上の過失がなかったと認められるかどうかにつき判断する。
前記被告藤井本人尋問の結果によると、被告藤井には運転上の過失なく、本件事故は訴外阪原の交通法規を無視した無謀運転にのみ基因するもののようであるが、証人阪原弘の証言によると、訴外車の運転者阪原は、被告車の右後方からこれを追い越すにあたり、被告車の右折合図をまったく認めていないというのであるから、被告藤井が当時右折合図をしていたかどうか、かりに合図をしていたとしても交差点手前約二五メートルの地点からそれを始めたのではなく、右折する直前になってはじめて合図をしたのではないかとの疑問が残り、被告藤井本人尋問の結果もいまだこの疑問を払しょくし、交通法規どおりに交差点手前三〇メートル付近から右折合図が開始されたことを認めるに十分でなく、他にそのように認めうる証拠もないので、この点においてすでに被告藤井の無過失は認めがたいといわなければならない。
二 損害
(1) 亡静枝 認められない。
(イ) 原告らは、亡静枝が家事労働を喪失したためみずから五五四、二五六円の財産的損害を受け、その賠償請求権を原告らが相続分に応じて相続した旨主張するので、主婦である亡静枝に家事労働による逸失利益があると主張するもののようである。
(ロ) しかしながら、主婦は家事労働により収入を得るわけのものではないから、従来の判例における伝統的な逸失利益概念に従うかぎり、主婦である亡静枝の逸失利益を肯定することはできない。なるほど、主婦の家事労働は財産的に無価値のものではなく、その家事労働が家族の生活に貢献する程度には計り知れないものがあるけれども、このことからただちに主婦の逸失利益を肯定することはできない。なぜなら、たとえば無償の社会奉仕者の場合、その奉仕労働の財産的価値は計り知れないものであるけれども、このような社会奉仕者に対し奉仕労働にもとづく逸失利益を認めることはできないであろうから、被害者の労働に財産的価値があるということだけでは、逸失利益を認める根拠としては不十分であり、やはりその労働に財産的な対価が支払われるのでなければ逸失利益を肯定できないはずだからである。
もっとも、主婦は家事労働の対価を家族(通常は夫に)対し請求する権利があり、これを放棄しているのではないとの見解があるけれども、それは主婦を家政婦的に考える点で妥当でない。のみならず、もし右の見解によると、通常夫は主婦である妻に対し家事労働の対価を支払うべき義務があるのであるから、夫が死亡した場合には、夫の収入から妻の家事労働の対価を控除した残額を基礎として夫の逸失利益を算定すべきことになるはずである。しかし、従来の実務では夫の収入全額を基礎にしてその逸失利益を算定しているのが一般であるから、右の見解は従来の実務上の取扱いと調和しないものと評すべく、この点からしてもたやすく採用しえない。
(ハ) また、主婦が死亡した場合には家政婦その他の代替労働力を必要とすることを根拠に、主婦に家事労働にもとづく逸失利益を認めるべきであるとの見解もあるが、主婦が死亡した場合夫が家政婦を雇い入れたり、あるいはみずから家事労働に従事せざるをえなくなったことによる財産的損害は、夫自身の損害として賠償を請求することができるわけであるから、死亡した主婦の逸失利益を擬制しなければ特別不都合をきたすということにはならないのみならず、右の見解によると、夫が再婚して家政婦その他の代替労働力を必要としなくなったのちまで、主婦の逸失利益の賠償を加害者側に命じうる根拠を説明できないように思われる。
(ニ) 以上の理由により、主婦の家事労働にもとづく逸失利益は理論上これを肯定しがたいので、原告らの主張する亡静枝の主婦としての逸失利益はすべて認められない。
(2) 原告庄吉 計三、〇四九、六五五円
(イ) 葬儀費用等 五四九、六五五円
別紙明細表のとおり(甲三号証の一ないし二四、原告庄吉本人尋問の結果)。なお香典は右費用のてん補としての性質を有しないので控除すべきではないと解する。
(ロ) 慰謝料 二、五〇〇、〇〇〇円
≪証拠省略≫を総合すると、原告庄告主張の事実のほかつぎの事実が認められるので、これらをすべてしんしゃくした。
(A)原告庄吉は明治四一年二月二日生まれ、亡静枝は明治四三年一月一〇日生まれであること。
(B)原告庄吉の長男弘史は昭和四一年一二月ごろ結婚し、父庄吉と三人で生活していること。
(C)原告庄吉は現在株式会社三橋製作所に勤務し、一ヶ月三〇、〇〇〇円余りの収入を得ていること。
(3) 原告弘史、同弘子(慰謝料) 各五〇〇、〇〇〇円
≪証拠省略≫を総合すると、原告弘史、同弘子主張の事実のほかつぎの事実が認められるので、これらをすべてしんしゃくした。
(イ)原告弘史は昭和一五年一月二八日生まれで、関西大学経済学部を卒業して現在京都中央信用金庫に勤務し、一ヶ月約二五、〇〇〇円の収入を得ていること。
(ロ)原告弘子は昭和一〇年二月二四日生まれで、昭和三六年三月に太田計夫と結婚し、昭和三八年六月に長男を出産し現在に至っていること。
(ハ)前記のとおり原告弘史は母静枝の死後結婚したこと。
三、自賠責保険金の充当
原告らは、前記自賠責保険金二、〇〇〇、〇〇〇円を原告庄吉の損害に充当した旨主張するが、保険金授受の当事者間において右のような充当の合意ないし指定がなされたことを認めるに足る証拠はないので、右保険金はその性質上原告三名の前記各損害賠償請求権にその額に応じて充当するのが相当である(充当額は原告庄吉に一、五〇六、一三〇円、原告弘史、同弘子の分に各二四六、九三五円となる)。
四、結論
被告会社および同石塚は、不真正連帯債務の関係で、
原告庄吉に対し残額 一、五四三、五二五円
原告弘史に対し残額 二五三、〇六五円
原告弘子に対し残額 二五三、〇六五円
および右各金員に対する昭和四一年九月一日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならないが、被告藤井は本件事故による損害を賠償する義務を負わない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷水央)
<以下省略>